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2018年 07月 28日
感想_万引き家族
c0160283_22251086.jpg絆の意味を問う映画。『万引き家族』鑑賞。東京都荒川区、マンションのはざまに残されたぼろ家に暮らす5人の家族。苦しい家計は、父とショウタによる万引きで補っていた。ある冬の日、父とショウタは寒空の下、家の外に佇む少女を見かね、家に連れて帰り一晩面倒を見る。翌日、父は信代とともに少女を返しに行くが、家から聞こえてきた諍いの声を聞いて、また連れ帰った。少女ユリを加えた、6人での暮らしが始まる。
是枝監督の、パルムドール受賞作。さすがの語り口で、静かながら目が離せないままあっという間の2時間でした。明らかに不自然な何かを抱えた家族。それぞれの事情と秘密の先に待っているのは、答えのない問いでした。すなわち、「絆」とは何なのか。

それぞれの事情で社会からはみ出し、寄り添い合う彼らは、万引きという犯罪行為を重ねながらも、そのワケありな姿に観客は感情移入していく。どう見ても小悪人だけどこか愛情深さを感じさせる男。口は悪くても包容力を感じさせる信代。クセがありながらも家族の中心にいる祖母。そんな祖母に甘えつつ、JK見学店で働くアキ。そして、学校にもいかず父の万引きに手をかすショウタ。明らかにイビツ、普通ではない、だけど温かい。だから何となく味方をしてしまう。ユリを虐待する親の存在が、万引き家族の正当性を私たちに納得させる。そんな彼らをつなぐものが、血縁ではないのは明らか。その秘密が明らかになるのは最後。

でも話は単純ではない。彼らは貧乏だけど、はみ出しものだけど、正しい人たちだった。ならばよかったのだけど、そうではない。彼らは少しずつの罪を犯していたのだ。果たしてそれでも、ショウタやユリは擬似家族と暮らしたほうがよかったのか。彼らをつなぐものが、「キズナ」と呼ぶべきものだったのか。おそらく答えはノーだろう。父と信代をつないでいたものは、祖母とアキが寄り添っていた理由は、あまりにも危うい。ショウタやユリを善意で引き取ったから全てが帳消しになるようなものではない。100%の善人でもなければ、100%の悪人でもない(とは言えないか)のだ。

では、ショウタやユリを捨てた人たちは、100%の悪人だったろうか。彼らには血縁があったはずだろうけど、そこに絆はなかったのだろうか。劇中では、そこまでは描かれないけれど、家に戻ったユリは幸せそうではなかった。罪に耐えかねたショウタの未来は明るいだろうか。大和屋の主人は何を思ったのか。延々と問い続けるしかない。キズナって何だっけ? でも少なくとも僕は、万引き家族が正しいとは思わないのだ。正しくないけど、でも絆というのはそんなものなのかもしれない。人と人がつながる理由は、少なくとも一つではないし、そしてそれは血縁ではないのだ。友情もあれば、同情もあれば、犯罪であるというのも、別段おかしなことではないんだろう。正しくはなかったとしても。

こういうのも多様性というのかな。人間の業というのかな。「万引き」という軽犯罪を、「人のものを奪うこと」のメタファーとして、人間関係に落とし込んだ手腕はさすがの一言です。大人は自分で人生を選べるけれど、子供は選べないんだよね。ショウタは選ぼうとしたけれど、彼の年齢がちょうどその境界線ということなのかな(何歳かわかんないけど)。

さて、ということで質量のある、さすがの作品でした。見落としていることもまだまだたくさんあると思われます。だけど、僕の中で残ったのは何となくの既視感でした。何に重ねているのか思い当たらないのだけど、一つ言いたいのはリリー・フランキーと樹木希林を是枝監督はもう使わないほうがいいんじゃないかな、ということ。彼らの存在感が唯一無二すぎて、あまりにも収まりが良すぎる。冴えない小男をやらせたらそりゃあリリーさんは絶品だし、毒っ気があるけど憎めないおばあさんに樹木希林以上のキャスティングはないと思うけど、是枝さんが監督でなくても、そのパフォーマンス出てしまいますよね。せめて、違うキャラクターで観たいと思いました。

細野晴臣さんの音楽はとても印象的でした。何にしても、映画は楽しい!



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by april_hoop | 2018-07-28 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
2018年 03月 20日
正直な人、谷川俊太郎
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東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「谷川俊太郎展」へ行ってきました。平日の18時頃にして、予想以上の人出。会期終わりが近いのもあるでしょうけど、注目されているのかな?

最初の部屋に入ると「ルカイルカイルカマタクルネ・・・」などといった音声が聞こえてきて、その文字がモニタに映し出される。照明は落ちていて、モニタの明かりだけが明滅する。回文かのような不思議な言葉の群れが発生される。どうやらそれは詩の朗読で、デジタルに変換されるとこんなにも趣が違うのかと驚かされるとともに、そういう挑戦を厭わない谷川さんの懐の深さを改めて思う。

次の部屋がメインであり、実質それが全て。ポスタービジュアルなどにも記されている一編の詩を文字通り舞台装置として、その一文一文の持つ意味を拡大解釈して、谷川俊太郎という人となりを説くような仕掛けになっている。例えば「私は背の低い禿頭の老人です」という文章に、本人の全身ポートレートが紐付いていたり。「私は工具類が嫌いではありません」という言葉とともに、無数のラジオが置かれそこから音楽が流れていたり。はたまた「夏はほとんどTシャツで過ごします」と言えば、ご本人のTシャツコレクションが吊るされるという。そんなこんなで全部で20の谷川さんの分身ともいうような展示がなされていました。公式サイトに展示風景も出てるのでナンノコッチャかはチェックしてみてください。

いやしかし改めて言葉の海に、光に、透明さに、暗闇に、深く溺れるような、なんていうと格好付けすぎだし、一読したくらいでそこに意味なんてロクに読み取れやしなかったです。でも、なんかいいな、というのはずっと感じました。僕は谷川ファンではないし、むしろやっぱり難解だよなくらいに思っていたし、でも確か谷川さんはMacで詩を描いているはずでそういうところはすごく好きだよと思っているくらいなのですが、フィールドは違えど言葉の近くに身を置く人間として、絶大なリスペクトはあるのです。いえ、今日改めて尊敬の念を抱いたというのが正解でしょうか。改めて、じゃなくて、初めて、「二十億億年の孤独」という詩がいいなこれ、と思いました。

つい最近、糸井重里さんが今日のダーリンで、もっと意味とか機能のない文章を読もうと書いていたけれど、まさにそれ。いや、意味とか行間とか真相とか本当はあるんだと思うのだけど、そういう効果を求めすぎずにただ触れる、浴びる、浸すだけでもいいんじゃないかな。そしてここにはそれがあったよね。なんというか、谷川さんはきっと正直な人なんだろうなと、ただそれを感じました。そしてそれが多くの人を惹きつける理由なんじゃないだろうか。僕も、そうありたいし、そんな言葉を紡ぎたいです。

最後、大きな詩が壁にどーんと記されてフィニッシュ。外には略年表が。三度ずつの結婚と離婚をなさっているのですね。図録を購入してホクホク帰りました。オペラシティと森美術館は、年間1〜2回は行っている気がするな。ウマが合うんだな。



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by april_hoop | 2018-03-20 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 16日
サンシャワー(森美術館編)
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東南アジア美術を一挙大公開中かつ、国立新美術館と森美術館での共同開催となっている「サンシャワー」。新美に続いて、森美術館編をお届けします。

森美術館は、まず入口手前の天井に、大きな像の立体が吊り下げられているところからスタート。最初のセクションは「発展とその影」。急速な経済成長を遂げる中で、中心部はグイグイ都市化してますが、その歪みをモチーフにしています。高速道路が出来たことで家を移さざるをえなかった家族。失われた古くからの生活様式。都市化することで経済的には豊かになるのかもしれないけれど、その中で損なわれていくものに光をあてる作品が多いですね。こういうのは東南アジア以外にもありますが、地理的に近いからかより身近に感じさせます。

「アートとは何? なぜやるの?」のセクションは、アートシーンが未発達ゆえにアーティストがコミュニティを作り、ワークショップをするなど市民を巻き込んで行われるプロジェクトを紹介。こういうのは東南アジアのパワーや熱気が伝わってきて、可能性を感じます。

そして、個人的に今回の展覧会で最も印象深かったのが次の「瞑想としてのメディア」。言葉にしにくいけど、古くからの土着的な価値観、宗教観に根ざした作品が紹介されています。今でいうマインドフルネスと近いのかもしれないけれど、西洋とは違う非物質的なもの、霊的なものへの信仰心とか、そういうものが、今こそ求められているような気がしました。世界は物質化し、そして今はインターネット上で高度に合理化された世界になってます。データとマーケティングが幅を利かせ、隙間を埋めるシェアリングエコノミーが次のスタンダードになろうとする今だけど、そういう西洋っぽい合理主義とはかけ離れた、東洋的な思想こそ、大事にすべきものなんじゃないかな、と。太陽神のヘリオスと花の陶器をひたすら並べて壁に貼った作品を見ながらそんなことを思いました。合理だけで生きていくのはしんどいのよ。

最後が「歴史との対話」。第一世代的なアーティストへのオマージュや、タブー視されていた戦争や抑圧の記憶の掘り起こしなど、過去と向き合う系の作品群。展示の一番最後は、頭上にカラフルな風鈴が大量に設置されていました。風鈴の起源て東南アジアなんだってね。そしてその風鈴は、あの涼しげな音を鳴らします。しかし、それは妙に不穏な響きにも聞こえます。物質としては色鮮やかで、東南アジアらしいポップな見た目なのに、どこか影や憂いを感じてしまう音色。ここまでの作品で、その複雑に絡み合った世界観を見てきたからこそ、そう感じたのかも。結局、森美術館側の展示も駆け足ながら1時間を要しました。映像作品はほぼ飛ばしてしまったので、本来ならば倍の時間をかけてじっくり見たかったけれども。

ということで、まずはとにかくすごいボリュームで、その歴史背景から独特な文脈が展開されるアートの数々でした。明らかに欧米の現代アートとは趣が異なるなぁと思ったよね。創作というよりも、メッセージ性がとにかく強い。でも、それだけ切実なんだろうなと思いました。東南アジアも先進国社会に取り込まれていくのか。それとも世界とは似ることなく、独自のスタイルを築くのか。アートを通して感じてみるのもオススメです。アート好きには是非オススメしたい展覧会でした。


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by april_hoop | 2017-09-16 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
2017年 09月 15日
サンシャワー(国立新美術館編)
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行ってきました、東南アジアの現代美術を集めた展覧会「サンシャワー」。なんと国立新美術館と、森美術館が、共同開催という初めての試み。まずは国立新美術館の方から見てまいります。ちなみに、サンシャワーとはお天気雨のこと。東南アジアに多い気象現象であり、そして晴れと雨が同時に存在するというところに、貧困と海外資本、かつての植民地かと独立など、複雑な現地の事情のメタファーにもなっています。なるほど。
サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで

さて、久しぶりの新美、改めてこの建築は素晴らしいよなぁなどと思いながら、展覧会場は2階のお部屋。そんなに大きくないんだな、なんて思ったけれど十分な迫力で、割と急いで見たけど1時間はかかりました。今回の展示は、2つの美術館合わせて9つのセクションに分かれていて、全部で86組の作家が出品しています。すごい規模だー。

さて、まずは「うつろう世界」のセクション。東南アジアの複雑かつ翻弄されてきた地理的な文脈から生まれたアートが展示されてますが、ここからもうなんだかつかまれました。複雑に変更されてきた国境や、民族の移動など、その歴史は本当に一筋縄ではいかず、僕なんかは普通に観光客としての視点しか持っていなかったけれど、そんな浅はかさが木っ端微塵になっていきます。第二次大戦後に、マレーシア、インドネシア、フィリピンを統合しようなんて考えがあったなんて初耳。「マフィリンド」という名前までついてて、その構想上の地図を現代の目線で描いた作品にも興奮。もちろんユートピアなんかを描いているわけではなく、3国だけでない海外諸国の事情も含まれた困難すぎるだろうそのパラレルワールドこそが、東南アジアの難しさを表してました。安易に「難しい」なんて言葉でくくってもいけないんだろうけど。

「情熱と革命」のセクションでは、第二次大戦後の各国の独立運動に、ベトナム戦争などもモチーフになった作品たち。もう見るからにヘビー級な作品です。東南アジアのアートは、森美術館で過去にも取り上げているけど、やっぱりこの戦争や貧困といった出発点がとても多く、そういう背景の知識が求められる部分が多い。「アーカイブ」のセクションは、未発達だった現地のアート界でもようやくアーカイブが始まっていて、その記録や資料が展示されています。

引き続き複雑なのが「さまざまなアイデンティティー」。民族と国が必ずしも一致してない現地で、さらには越境やら中華系やら欧米からの移住もあったりと、ルーツがさまざま。ポスターになっている作品<奇妙な果実>もここで展示されていて、黄色人種である自らのアイデンティティーを問うために作家自ら真っ黄色にボディペイントした「イエローマン」になって世界を訪ねるというやつ。自分も、在日韓国人という出自を持つだけに、この自分探し感覚はわかるきがするなぁ。

最後のセクション「日々の生活」は比較的ほっこり路線かな。歴史系とは一線を画した、日常のものや、風習・暮らしなんかを題材にとったものたち。一番インパクトがあるのが、床に敷き詰められた糸くずの中に、金のネックレスが9本混じっているというやつ。見つけたらもらえるらしく、マダムが頑張って探してました。その様子を眺めるのも作品の一部で、滑稽さや、人間の欲望がテーマ。どんだけ糸くず詰まってるんかいなと掘り返してみましたけど、だいぶ深かったわ。どこにあるかわかんないけど、見つけるの無理無理。なんてあきらめるのかどうか、みたいなところもテーマの一つとして問われている気もしなくはない。

いやー駆け足で巡るには厳しい質&量だわ。森美術館は別の日に改めようかと思ったけどここまで来て引き下がれないので一気にいきます!




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by april_hoop | 2017-09-15 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 15日
その瞳の奥にいるのは君だった。
c0160283_14270755.jpgc0160283_14270771.jpg豊田市美術館で、7/15〜9/24まで開催される「奈良美智 for better or worse」を鑑賞した。奈良美智といえば、独特の少女の絵画がパッと思い浮かぶ。キッとこちらを睨むような反抗的な目もあれば、どこか危うい脆さを秘めた目もあれば、ディテールは少しずつ異なるけど、大まかなところはだいたいみんな同じものをイメージするんじゃないかと思う。でも、今回の展示で、そのイメージはいい意味で覆された気がする。

奈良美智は愛知にゆかり深い作家。そもそもが愛知県立芸大で学んでいたこともあり、7年ほどこの地で暮らしていた。その後ドイツに渡るが、帰国後も折に触れ愛知に戻っては、旧交を温めたり、制作をしたりしていたのだそう。そして、震災後に筆を持てなくなった時も、母校で学生を教える中でもう一度美術に向き合うことで、再び描きたいという意欲を自然に取り戻せたのだそう。ということで、ここは作家にとってもはや故郷と呼べる場所なのだそう。

前振りが長くなったけど、作家としての重要なルーツである場所での個展ということで、学生時代から時系列に沿って、代表作が展示され、最後には新作が登場。回顧展としても成立しつつ、未来を予感させる充実の展覧会だった。海外所蔵で、日本初公開作品もあったり、これだけの奈良作品が一堂に会する機会は、日本では今後何十年もないかもしれないレベルだそう。

改めて、学生時代の作品は今とはだいぶ趣が違って、まだまだ複雑な要素を残している。それが90年代以降、徐々に余分なものは削ぎ落とされ、愛らしくもあり憎らしくもあるフォルムへと落とし込まれていく。その表情は挑戦的であったり、孤独であったり、カウンター感が満載。しかしやがて2000年代頃から、人物ははっきりと正対する構図となり、2010年代以降は表情も実に穏やかに、瞑想的になっていく。はっきりしていた輪郭は徐々に自然なラインとなり、色彩も徐々に淡い抽象性を出し始め、そして最新作ではトーンを少し落とし、より内省的にも見えてきた。少女というモチーフは一貫してありながら、こうして時系列で俯瞰することで、明らかな変化を感じ取ることができるのも、今回の展示ならではだろう。

展示作品は約100点。木彫などの立体作品もあるけど、ほとんどは絵画で、でもそれこそが作家のアイデンティティだしいい構成だったと思う。また、スペースをゆったり贅沢に使っていることで、余分なことを考えずに作品と向き合えるように作られているのもいい。ちなみに最初の展示室には、奈良さん所有のレコード、書籍、人形などが持ち込まれ、彼のアトリエを再現。こう言う展示は過去にもあったけど、質量ともに過去最高だそう。そしてレコードジャケットは自分にとって画集だったという通り、作品との共通点が見られるのも面白いところ。あらゆる意味で奈良さんのルーツと足跡がはっきりと感じられる展覧会。意味ありげにこちらを見つめる作品の瞳の中に写っているのは、奈良美智その人なんだなと気づかされます。そしてそれは同時に、僕自身のことも写しているような気がしました。一貫したスタイルでありながら、しなやかに変化を続け、30年以上にわたって一線で制作をし続けるその静かなパワーにも圧倒されます。奈良ファンはもちろん、そうでない人も、特に美術が好きでなくても、必見の展覧会。奈良さんの絵は、どうしたってキャッチーだしね。

ところで、初めてやってきた豊田市美術館は、とんでもなく素敵な美術館でした。建築は谷口吉さん。美しい直線と、和の趣を感じる静けさ。高台に位置して街を見下ろせるのもナイスで、庭も広くて気持ちいいです。レストランも素敵そうだった。ぜひこの夏は豊田市美術館へ。素晴らしい時間を約束します。



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by april_hoop | 2017-07-15 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
2017年 02月 20日
アスリートをデザインする
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c0160283_23181503.jpg21_21 DESIGN SIGHTでやってるアスリート展、見てきましたー。やや期待外れだったところもあったけれども、興味深いです。

運動を極めるアスリートを、幾つかの視点で分解したような展示です。ディレクターが為末さんとあと二人。まず最初に待っているのは、スプリントなどの動きをモーションキャプチャーしたもの。躍動感が伝わるけど、特段のインパクトはない。あと、スポーツ報道写真が会場内幾つか展示されていたけど、これも僕は報道写真展でよく見ていた類のものなので、目新しさはなし。そして「驚異の部屋」なる空間では、100m、110mハードル、走り幅跳び、走高跳び、棒高跳び、マラソンの世界記録をアニメーションで上映。うーむ、その凄さを体感するってことらしいけど、これにはあまり臨場感なかったなー。もっとライブに体感させて欲しかったわ。

こりゃ期待外れかもーと思ったところで、次のゾーンでようやく体験型の展示が登場。アスリートの感覚や能力を体感するといった趣旨で、指示に従ってプログラムを行います。指示された重さで重りを引っ張ったり、ある長さを感覚で測ったり。アスリートの目の動きを追体験するってやつ、僕、アスリートと似たような目の動きしてたんですけど。あと、タイムプレッシャーという、時間内にピンポン玉を穴に入れるやつは、初回がうまくいきすぎてプレッシャーとは別の問題で2回目の方が遅くなっちゃったよ。とか、なんのこっちゃわからないと思いますが、総じて小粒な体験でした。僕が考えているアスレチズムとはだいぶ距離のあるコンテンツだったな。もうちょっとストラックアウトとか、パンチングマシーン的なよりフィジカルでゲームっぽいの期待してたわ。

こういう体育系のテーマパークできればいいのになー。うまくやれば老若男女楽しめるパークができる気がするのだけれど。昔、ナイキが昔、北の丸公園でやってたのなんだっけ〜、あれ的な。あれをもっとフィットネスに寄せればなー。スポーツテストの要素を入れながらさ。ボルダリングジムとか、パターゴルフとか兼ねながらさ。

そうそう、今回の展示用のグッズがいろいろユニークだった。サッカーボールやバスケットボールの皮を使ったバッグとか、マルチケースとか、ちょっと欲しかったし、HURDLERというブランドを立ち上げて作ったオリジナルのTシャツもかなり欲しかった(とりあえず我慢)。関連トークイベんともこれからあるようなので、ご興味ある方はぜひ〜。



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by april_hoop | 2017-02-20 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
2016年 09月 02日
安野モヨコ復活
c0160283_23445426.jpg渋谷パルコが8月に改装のため閉館しましたが、それを受けて池袋パルコがリニューアル。渋谷にあったものを移管しつつ、45店舗リニューアルだとか。それに先駆けて、本日新生パルコミュージアムがオープン。こけら落としは、漫画家安野モヨコさんの原画展。『ハッピーマニア』や『働きマン』など、これまでの代表作の原画とラフスケッチがずらっと並んだので、ファンは必見でしょうねー。そういえば、西武だかで羽海野チカさんのもやってたっけ! あれもう終わっちゃったかな。。

さてさて、安野さんの絵はやっぱガーリーでかわいいっすね。大きなサイズで見ると一層思うわ。僕は『働きマン』と『さくらん』しか読んでないけど、『ハッピーマニア』もその他の作品も読みたくなったな。割とストーリーが本質ついてるよね。女性のリアルというよりは、人間のリアルに近いという印象を持っています。展示自体にそれ以上の大きな仕掛けはないけれども。そうそう、プロフィール紹介の好きな映画に『シン・ゴジラ』とありました。夫思い!

いやーしかし学生時代から社会人初期に大変お世話になった池袋パルコ。久しぶりに足を踏み入れて、もちろんテナントは大多数入れ替わりつつも、でもフロアの構成とかなんか懐かしかったな。いけふくろう側の地下から入るのも。思わず郷愁に誘われて、P'も覗いたらニコニコ本社が入っててびっくり。そしてそのままウィロード抜けて西口出たら、IDGPがPKMG(ポケモンGO)になってて時代の変化感じたわ。

そんなこんなで、すっかり遠く離れてしまった池袋だけど、いざくるとなんだか愛でてしまいます。安野さんの展示タイトル、ずーっとストライプって読んでたけど、ストリップでしたわ。危ない危ない。



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by april_hoop | 2016-09-02 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
2016年 07月 30日
被写体との距離感と信頼感
c0160283_20045525.jpg川島小鳥さんの写真展、『20歳の頃』が開催ということで、初日に行ってきました。会場は、阿佐ヶ谷のセレクトショップ(という表現でいいのかわかんないけど)voidさん。駅から徒歩7〜8分でした。お店が見えてくると、お、人だかりっぽい感じが。小さいお店だったので、10人入るといっぱいかなーというところですが、とはいえそんなに大々的に告知をしていたわけでもないと思われ、小鳥ファン、たくさんいるなーという感じ。お客さんの雰囲気がね、なんとなく、それっぽいのですよね。うまく形容できませんが。

さて、今回の展示は新作の撮り下ろしで、森川葵さんのポートレート。東京都内各地と思しきところから、台湾まで。でもランドマークというよりも、普通の道端や雑踏の中や名もなき場所で、不思議な浮遊感とともに森川さんが躍動してます。躍動というとおかしいですね、なんとも不自然なゆるさです。普通ではないポーズと、表情と。事務所NGになっても良さそうな。でもそれが許されるというか、それこそが川島小鳥ワールド。台湾になってくると、これは『明星』の延長戦、という感じになってきます。という世界が、小さな店内に大小張り巡らされているのでした。

そしてこれを一冊にまとめた同名タイトルのZINEが会場で販売されていたのでもちろんゲット。ZINEとはいうものの、平綴じで写真集と言って差し支えないレベルなのでお得です。さて、20歳の頃、ですか。もう随分遠くのこと過ぎてうまく思い出せないけれど、この世界よりはもう少し後ろ暗かったような。というかパッとしなかったような。いやでも、もしかしたら、世のイメージするハタチの浮かれ感とは違う、ふきだまり感を表現しているのかもしれないとも思えました。そして、なんにせよ爆発的なエネルギーと。

もう一つ、被写体との距離感について。結構アクロバティックだったりエキセントリックなポージングも多いですが、これは誰にでも真似できる世界ではなくて、作家のイメージももちろんだし、それに巻き込める距離感がすごいよね。小鳥さんの、写真に対して真っ直ぐで、いいものを撮りたいというシンプルさが相手に伝わるから、つい巻き込まれちゃうんだろうなー。それを信頼させるその間合いこそがセンスなのではないかな、と思いました。

会場、ご本人がいらして、息子とのツーショット撮ってもらっちゃいました。自慢です。



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by april_hoop | 2016-07-30 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 28日
明星展@パルコミュージアム
c0160283_23305417.jpgc0160283_23305981.jpg『明星』の写真展をパルコミュージアムでやるっていうから駆けつけました。いろいろ仕掛けがあって楽しかったよー。
川島小鳥写真展「明星」 | PARCO MUSEUM | パルコアート.com

パルコミュージアム、決して大きくはないけれど、その箱がポップ&キッチュな台湾&小鳥ワールドになっていて、テーマパーク気分で楽しめました。なんか間仕切りに穴が空いていたり、遊具に潜り込むように下から箱に入って上を見上げたりとか、身体的な鑑賞を促す作りになっていたのも良かったな。真面目にウンウン唸るよりも、公園感覚で楽しむ方がこの写真の世界には合っている気がする。

改めて、大伸ばしになった写真を見るのもいいんだよねー。フィルムの味わいもよりはっきりとわかるし、やはりこの写真に収められた無数のキラキラが胸に迫ってくる。写真集の時はとにかく楽しいって印象が強かったけど、こうしてみると青春の1ページ的な切なさとか、日本で見つけづらくなったノスタルジーの方が強く感じられる気がする。少年少女の無垢な表情こそが今この瞬間にしかないものを訴えていて、彼らもやがて大人になり、もしかしたらいつか台湾も大きく変わるかもしれなくて、なんかそれが切なくもありつつ、失われるかもしれないからこその輝きなんだろうなって思います。無くならないで欲しいけどね。みんな大人になるからね。

会場ではグッズも充実。目玉はケイスケカンダがデザインした明星Tシャツにトートバッグ。大繁盛してて並ぶのが億劫で買わずに帰ってきたけど買えばよかった。そしてこの日は、台湾のコーディネーターでもあり、この写真集の影の立役者でもある青木由香さんと、川島小鳥さんの対談も行われました。モデルになってくれる子をいろいろ探したとか、台湾の雰囲気とか、バックストーリーいろいろ聞けて楽しかったです。

終わった後、代官山蔦屋で、TRUCK FURNITURE EXHIBITION TOKYOやってるっていうからはしごしたら、ものすごい入場待ち行列で断念。大阪に行った方が早いなこりゃ。
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by april_hoop | 2015-02-28 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
2015年 02月 14日
MYOJO IN TOBICHI
c0160283_0444041.jpgハッピーバレンタイン!とは全然関係なく、ほぼ日がつくった実店舗、ほぼ日のTOBICHIに行ってきました。場所は表参道を根津美術館に出て左に曲がって少しいったところ。小さな2階建ての物件でした。おめあては、川島小鳥さんの新作写真集『明星』の展示販売です。
明星 ~小鳥がのぞいた台湾~ @TOBICHI - ほぼ日刊イトイ新聞
2/11〜15まで。

1Fは『明星』がずらりと並んで販売しているほかに、小鳥さんの前作『未来ちゃん』ほか作品の一部や、台湾関連の本が並んでます。この期間中は、『明星』を買うとくじがひけて、当たりが出ると、小鳥さんが仕入れてきた台湾雑貨がもらえちゃったり、楽しい仕掛けが。あと明星グッズも販売されてます。人気のものはすでに完売しちゃってましたけどね。てことで、さっそく『明星』を購入してくじを引いたらハズレ…。でも、ハズレの人には小鳥さん直筆の「それもよし」イラストもらえました〜。こっちのほうがレアかも?

購入もだけど、今日はヤマサキハナコさんとのトークショーがお目当て。これは2Fスペースで行われたのですが、狭いため入れるのは8人だけ。開店時に整理券をゲットした人だけが入れます。でも1Fのスクリーンでトークの様子を放映してくれたので問題なく見れました。立ち見だから疲れたけどね。

ヤマサキさんは、明星の撮影をしてた頃に台南に住んでいた方で、ご縁あって撮影の案内やお手伝いをなさっていたそうで、今日はそのときのエピソードや台南についていろいろお話ししてくれました。ヤマサキさんが関西人ということもあってテンポがよく、そこに小鳥さんがゆるくかぶせていくのが面白かったわ。台南の人のやさしさとか、雨のすごさとか、バイクの乗り方とか、バイバイの速さとか。小さなエピソードがなんとも絶妙に楽しいんだよなー。台湾ってそういうのがいいよな〜。また行きたいね、今度はむちゃくちゃ暑いという夏にでも。

てことで、写真集の感想はまたじっくり見てあらためて。ちなみに月末からはパルコミュージアムでも展覧会をするとか。それも見に行っちゃおうかなー! あ、あと、すぐ近くにTOBICHI2が間もなくオープンするんだそう。それもすごいなー!

あと、ほぼ日でこの写真集についてのインタビューが。バックストーリーを聞くとさらに好きになる!!
川島小鳥さんと、ナナロク社のこと。- ほぼ日刊イトイ新聞
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by april_hoop | 2015-02-14 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)