2018年 03月 20日
正直な人、谷川俊太郎
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東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「谷川俊太郎展」へ行ってきました。平日の18時頃にして、予想以上の人出。会期終わりが近いのもあるでしょうけど、注目されているのかな?

最初の部屋に入ると「ルカイルカイルカマタクルネ・・・」などといった音声が聞こえてきて、その文字がモニタに映し出される。照明は落ちていて、モニタの明かりだけが明滅する。回文かのような不思議な言葉の群れが発生される。どうやらそれは詩の朗読で、デジタルに変換されるとこんなにも趣が違うのかと驚かされるとともに、そういう挑戦を厭わない谷川さんの懐の深さを改めて思う。

次の部屋がメインであり、実質それが全て。ポスタービジュアルなどにも記されている一編の詩を文字通り舞台装置として、その一文一文の持つ意味を拡大解釈して、谷川俊太郎という人となりを説くような仕掛けになっている。例えば「私は背の低い禿頭の老人です」という文章に、本人の全身ポートレートが紐付いていたり。「私は工具類が嫌いではありません」という言葉とともに、無数のラジオが置かれそこから音楽が流れていたり。はたまた「夏はほとんどTシャツで過ごします」と言えば、ご本人のTシャツコレクションが吊るされるという。そんなこんなで全部で20の谷川さんの分身ともいうような展示がなされていました。公式サイトに展示風景も出てるのでナンノコッチャかはチェックしてみてください。

いやしかし改めて言葉の海に、光に、透明さに、暗闇に、深く溺れるような、なんていうと格好付けすぎだし、一読したくらいでそこに意味なんてロクに読み取れやしなかったです。でも、なんかいいな、というのはずっと感じました。僕は谷川ファンではないし、むしろやっぱり難解だよなくらいに思っていたし、でも確か谷川さんはMacで詩を描いているはずでそういうところはすごく好きだよと思っているくらいなのですが、フィールドは違えど言葉の近くに身を置く人間として、絶大なリスペクトはあるのです。いえ、今日改めて尊敬の念を抱いたというのが正解でしょうか。改めて、じゃなくて、初めて、「二十億億年の孤独」という詩がいいなこれ、と思いました。

つい最近、糸井重里さんが今日のダーリンで、もっと意味とか機能のない文章を読もうと書いていたけれど、まさにそれ。いや、意味とか行間とか真相とか本当はあるんだと思うのだけど、そういう効果を求めすぎずにただ触れる、浴びる、浸すだけでもいいんじゃないかな。そしてここにはそれがあったよね。なんというか、谷川さんはきっと正直な人なんだろうなと、ただそれを感じました。そしてそれが多くの人を惹きつける理由なんじゃないだろうか。僕も、そうありたいし、そんな言葉を紡ぎたいです。

最後、大きな詩が壁にどーんと記されてフィニッシュ。外には略年表が。三度ずつの結婚と離婚をなさっているのですね。図録を購入してホクホク帰りました。オペラシティと森美術館は、年間1〜2回は行っている気がするな。ウマが合うんだな。



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by april_hoop | 2018-03-20 00:00 | 文化 | Trackback | Comments(0)
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