2017年 09月 17日
感想_君の名は
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あえてSFは抑えめ?『君の名は』iTunes鑑賞。岐阜の田舎で、神社の娘として生まれた高校生の三葉。ある日、自分が東京に暮らす瀧という男子高校生となる夢を見る。目がさめると、それとは逆に自分の中に別の人間が入っていたような痕跡に気づく。二人は、夢を見ていたのではなく、それぞれに入れ替わっていたのだった。お互いに入れ替わっている時の記録を残すことでそれぞれの存在を知り、同志のような関係を築いていくが、ある日を境に入れ替わりが終わりを迎える。それは、彗星が地球にもっとも近づく日だった。

ようやく見ました。本当に面白いのかよ?と斜に構えながら見たけど、あっという間で楽しかったです。が、あんなに大ヒットするほどなのかな?とは思いました。でもああいう火のつき方は今っぽいな、とも。ドラマの『カルテット』とかもそうだけど(言うほどの作品じゃなかったと思っています)、バズったときのバイラルは、逆炎上とでも言うべき広がり方なんだなーと、今さら遠い目で思いましたわ。

さて、中身の方。三葉はかわいいし、瀧君もまあ魅力的で、彼らが近づいていく感じは好感持てます。糸守の町と東京のコントラスト、入れ替わりと彗星のSF感、どうなるんだ?と興味を引きつけるプロットも見事。けど、瀧君の背景はあんまり描かれてないから感情移入度は低い。父子家庭で建築に興味があるんだな、くらいで。そして、終わってみれば普通のティーンの恋愛もの以上のことはなかったよね?というのが正直なところか。

でも、それは狙ってそうしたようにも感じました。本当なら、宮水神社の背景はもう少ししっかり描いても良かったのだと思います。おそらく女系の家なのかな? そこで受け継がれる不思議な能力があるということ。三葉だけでなく一葉にも二葉にもその能力があったことは明らかにされていて、1200年前の隕石の落下とその能力はどうも関係があるっぽい。四葉にも同じ力がこれから芽生えるのかもね。で、古文書が燃えちゃったからもう定かではないけど、その能力はこの隕石(に限らないかもだけど)による滅亡回避のためと読み解けますかね。そこまでして糸守を守る理由はわかんないけど、何か云われがあるんでしょう(というかこの一族ありきで、「糸守」という地名になったと考えるほうが自然ね。この町を守るんじゃなくて、糸=時間、時空の守護者ってことか)。

口噛酒とか、ご神体のある場所のあの世感、自分の半分を置いてくる、みたいなキーワードも多数。二葉の死については何も描かれてないけど、能力と関係があったんじゃないですかね。父さんが娘たちを捨てたのは、能力に頼らずに町を守りたかったのでは(すなわち愛する二人の娘を守るため)。そのためには町長になるという道しかなかったんでしょう。三葉が父を説得するシーンが描かれないのは、おそらくその秘密に触れる部分で、ものすごく感動のドラマがあったのではと思いますが、意図的にここを省略したということは、恋愛<壮大なSFになることを避けたんだと思います。ちょっと複雑になっちゃうし、運命の仕業感が強くなりすぎると、二人が自然に惹かれあったピュアさが損なわれちゃうからね。でもまあ、なんで入れ替わり先が瀧だったんだ?って疑問はちょっと残るけど。

糸と時間をリンクさせるメタファーや、黄昏時(誰そ彼)と「君の名は?」をかけたセンスなんかは最高だと思います。なので、アラフォーおじさんの僕としては、やっぱり落とし所が単なるティーンの恋愛というアウトプットよりも、もう少し大きなメッセージにして欲しかったな。あれだとハッピーエンドめでたしめでたし以上、だもんね。むしろこの後二人がちゃんと長くお付き合いできるか心配というトレンディドラマ的な感想すら湧いてきたわ。基本的に恋に恋して出会った二人とも言えるので、お互いのことそんなによく知らないでしょうし。

ところで、四葉も東京に出てきてたよね? 彼女の能力の開発具合が気になるな。そして糸守の町も神社もなくなった今、宮水の力はどうなっていくんだろう。『時かけ』的な、時間を超える想い的なとことも、目指してるのはちょっと違う気がしたので、落とし所さえうまく消化されたらマスターピースになってたんじゃないかなー。果たしてこの着地は、監督の狙いなのか、配給側のお願いなのか。

その辺りをアレンジした実写をみたいです。ハリウッドでお金かけてお願いします! どうでもいいけど奥寺先輩の分かりやすい悪女感なんなんですかね。あと最後の再会は、思い切り『パラレルワールドラブストーリー』でしたね。『君の名は』もパラレルワールドの恋愛物語だからかな。あとあとあと3年のズレに気づかないってことはあるんですかね。入れ替わったら、今どこ私だれ状態で、まず日付は確認しそうなものですし、瀧君はその辺り合理的っぽいけれども。

そんなあれこれ考えてたら、最終的にいろいろ楽しめたことに気づきました。やはりきちんと作り込まれているからだと思います。ライトなファンも、そこそこコアな映画好きも楽しませる稀有な一本だったのかもね!

<追記>
一夜明け、トレッドミル走りながらiPhone6でもう一度鑑賞(雑ですみません)。前言を撤回します。この物語は、単なるラブストーリーではなく、運命とはたった一つとは限らない、ということをメッセージする作品だと感じました。

2回目で強く感じたのは、「むすび」に象徴される価値観こそが、根底にあるということ。神様がくれた時間と運命であり、それを紡ぐのは人の手であり、それは唯一絶対の決まりごとのようでもあるけど、予想外の展開だって十分に起こりうること。名前も思い出せない、消えてしまった夢の記憶を追い求める二人は、論理や人知を超えたものへの監督のリスペクトが強く出ていたように感じました。時にねじれ、絡まり、やがて元に戻ることもあれば、二つに避けることもある。糸=時間は、直喩であり、暗喩でもありました。そして二人を文字通りつなぐ物質でもある。911や311後からまた少し進んだ、今必要な「いとへん」の物語。

やっぱり口噛酒の存在と、それによって邂逅する二人がハイライトで、自分の体を通し、そして神に捧げられたものが時空を超えて二人を結びつけ、やがてそれは悲劇の回避というアウトプットにつながっていく。それは三葉の使命かもしれないし、神の定めた宿命かもしれないけど、確かに運命を変えた瞬間だったわけで。瀧もやはり選ばれた人間で、突然現れた女に何かを感じ、手渡された紐を身につけ、そして最終的にあの地へと立つことのできる人物だからこそ入れ替わりの対象になったんだろうな。それは、見えないものを信じることの、大いなる意味だと思いました。非科学的だし、は、なにそれ?と言われたらそれまでだけど、でも。タイムパラドックスも解消できてなくても。3年のズレに気づかないことは、記憶を操作されてるからかな。ケータイの記録が消えるのも、記憶が薄れるのも、それが宮水の能力の限界つーかルールなんだと解釈しました。ご神体が離れているのは、隕石被害を免れるためかな。

やっぱり町長は全てを知っていますね。悲劇回避後の週刊誌記事によると、宮水神社に来る前は民俗学者だったそうだから(最初の鑑賞で追いきれなかったこの見出しの部分が見たくて二回目を見た)、糸守には調査のために入ったのであろうことが示唆されてる気が(糸守には民俗学上重要な何か=宮水家の存在、があるという裏付けにも)。そして二葉と出会い、入れ替わりを目の当たりにしたのでしょう(もしくは、二葉との入れ替わりによってここへ導かれた? 糸守を救う三葉を誕生させるため?)。瀧が三葉に入っていることに気づいたのはその体験が初めてではないからだろうし、最終的に行動したことも、描かれてはいないけどそう考えれば十分納得できる。

合理性や、ロジカルな生産性が強いチカラを持つ現代だからこそ、この効率とは無縁な見えないものを信じる強さはとても大事なことだと思います。一回目とはだいぶ違う感想ですが、きちんとしたメッセージと世界観を持った良作でした。今はそう思っています。やっぱり実写のほうがよりグッときそうだ。マシュー・ヴォーンとかどうかな。

<さらに追記>
そういえば糸守では黄昏時を「カタワレドキ」と呼ぶとあったが、あれは入れ替わりの「片割れ」とまみえる時間帯という、宮水家由来の意味だったのではないだろうか。



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by april_hoop | 2017-09-17 00:00 | 映像


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