2015年 02月 13日
感想_村上春樹、河合隼雄に会いにいく
c0160283_013937.jpg難しい話題も多いけど、大事な示唆も多い。河合隼雄/村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』読了。小説家の村上春樹が、かねてより交流のあった臨床心理学者の河合隼雄を訪ねた対談を収録。アメリカ生活や、阪神大震災、オウム事件、湾岸戦争、そして『ねじまき鳥クロニクル』と言った話題から、物語の持つ力が浮かび上がってくる。対談は1995年11月に行われ、1996年12月に単行本刊行、1999年1月に文庫化されたようです。
河合隼雄 村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』|新潮社

人生には「物語」が必要だ、というのが自分の中の一つのテーマというか指針なのですが、そう思うようになったのは、河合隼雄さんと小川洋子さんの対談を読んでから。その河合さんが、村上さんとも繋がっていたとなれば、読まないわけにはいきません。というか、読むの遅すぎだわね。今から20年も前になるので、事情は色々と変わっているけれど、今を予見するようなところもあるし、普遍的なところもあるし、で読んだ価値はありました。

「物語」の性質について語っておられるのかと予想していたけど、どっこい、結構難しい話題も多いというか、二人の会話のレベルが高すぎて、しょっぱなからデタッチメント(関わりがないこと)だのコミットメント(関わること)だのから始まって頭ショートしそうでしたわ。「アンビギュアス」って単語もわからなかったし(多義的な、曖昧な、ですか)。とりあえず、二人が何者でどういう関係かは前提として入れておかないと意味不明になります。お話も一つのテーマについて話すわけではなく、結構あっちこっち行ってます。

前半は割と、アメリカやヨーロッパと日本の「個」や「関係性」の違いみたいな話題が多くて、「ふーん」という感じ。後半は物語性と身体性の話がメインになってきて、グッと興味深い方向に。部分部分を拾うのが難しいのだけど、全体として受け取ったのは、人は多かれ少なかれ欠落や、困難、時に病的とも言える何かを抱えているということ。そしてそこからの救いとてに、物語的なものを求めているのだということ。村上さんは、小説を書くということで自らの欠落を埋めようとし、河合さんは物語の力を使ってクライアントと向き合っている。時代によってその役割は少し違えど、時には体制に反抗するために存在し、時には歴史を検証するために存在し、宗教とも結びついたりしながらそこにあった、と。

ただし、大量の情報、スピードや便利さを求めた結果、小説の力が相対的に及びにくくなっていることを村上さんは指摘。20年経った今、それはさらなるスピードで押し寄せてきていて、とんでもないことになっている。でも、今僕は、それに抗いたいのか何なのか、やっぱり本ていいなって思い直し始めたところだったから、そのタイミングでこの本に会えてよかったな。今は亡くなってしまった河合さんの言葉に触れられるのも本のおかげだし、その意味を思い出させてくれることにもなったし、本書の本質とはズレるかもしれないけど、僕にとってはいいタイミングでした。

ちと、本来お伝えすべきことがまとまりませんが。河合先生の著作は、もう少し色々と読み漁りたいと思います。
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by april_hoop | 2015-02-13 00:00 | 出版 | Trackback | Comments(0)
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