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2013年 08月 02日
感想_大地のゲーム
感想_大地のゲーム_c0160283_17404838.gifなんと未来の話とは! 綿矢りさ『大地のゲーム』読了。21世紀終盤、過去の大地震から原発の消えた日本が再び大地震に見舞われた。1年以内に再び同規模の自身が起こると予報されるなか、私たちは大学を避難所として、混乱の中生活を始める。そこでは「リーダー」が学生たちの希望を集めていた。私もまた彼に強く惹かれ、彼のために働きたいと願う。大規模な彼の演説が催される学祭まで、あと2週間。
綿矢りさ『大地のゲーム』|新潮社

なんとまさか、震災をモチーフにするとは思いませんでした。冒頭は、状況が示されません。徐々にそれが3.11よりだいぶ後の世界であること、現代とはずいぶん状況が変わっていること、そして再び大地震に見舞われた世界であることがわかってきます。どうやら舞台は東京(とは言及されないけど)。りさりさ先生なので、早稲田が舞台かもしれません(それも特定されていない)。その混乱の中を生きる人々の、弱さ、狡さ、そしてその中で見せる強さと美しさの話。

混乱した状況の中であらわれるカリスマの話、というのはパニック映画とかでも見られるし、モチーフとしては過去にもあったような気がする。登場人物はさほど多くなく、私と、私の男、そしてリーダーと、マリという女の子。あとはその他の学生たちという感じ。それぞれのキャラクターについては、細かく描写されるというよりは、なんとなく描かれる程度で、顔はいまいち見えてこない。読み手の想像の幅を持たせるために、キャラ色は弱めて汎用性を高くしているのかもね。ただ、それゆえに物語性というのはあまり出てこなくて、SFとかアドベンチャーみたな本ではない。

描かれるのはあくまで人間のさまざまな心理。極限状態、混乱下での心の動きというのがメインだろうか。大地震は、いつかおこるもの。だけど私たちはそれを知りながらこの場所にまだとどまる。そこにあるのはなんなのか。土地への愛着や、習慣ではない、生きる本能への挑戦。それを「ゲーム」と言い切ってしまった作者の勇敢さよ。3.11から2年半が過ぎた今、この設定にどういう気持ちで向き合っていいか、まずそこで出ばなをくじかれてもおかしくはないところ。でもこの捉え方、わからないでもないんだよな。自分だけは生き残れるかもしれない。自然環境に屈したくない。そういう思いって、実はみんなどこかでもっているんじゃないだろうか。到底適わないとわかっているからこそ、挑みたくなる心理ってあるんじゃないかと思う。叶わぬ恋と同じレベルで。人間ておかしいよね。

作者にしてもなかなか冒険的な題材だったと思う。しかも未来の話。あくまで現在地点を描いていたりさりさ先生の目に、震災がはたしてどう映ったのか。それをこういう昇華のさせ方をしたのはすごいなーと思います。物語として楽しいものではないし、気分を害する人も多そうな作品ですが、綿矢りさのアイデンティティは十分に発揮されたような気がします。彼女の一貫して人間の心のありようを、ニッチな目線で切り取るというのは支持できるなーと思いました。もう少しディテールの作り込みと、キャラ掘り下げにボリューム割いて、エンタメ度をあげて壮大な物語にしてもよかったような気がするけど、それは綿矢りさじゃなくなっちゃうのかね。まあそんな作品でした。

刊行が続くりさりさ、次はなにでくるのか!?

by april_hoop | 2013-08-02 00:00 | 出版


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