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2013年 06月 15日
感想_色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
感想_色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年_c0160283_820670.gifシンプルなストーリー。折り重なるメッセージ。村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』読了。多崎つくるは、19歳のときに高校時代の4人の親友たちから突然絶交を宣告されグループを追放される。36歳になる今も、その理由を知らされることもなく、わだかまりを心の奥深くに沈めたままだった。2つ年上のガールフレンドにそのことを指摘されたつくるは、16年前の真実を求めて地元名古屋へと向かう。アカ、アオ、シロ、クロ。カラフルな彼らが目の前から消えなくてはならなかった、その理由とは。
村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 | 特設サイト - 本の話WEB

発売から1か月、NY行きのフライトで読了しました。いつもの村上レトリックでありながら、いつになくわかりやすい印象を受けるストーリーでした。基本的にはつくるが失ったものを取戻し、前を向く話だから。終盤にかけてひとつの結論めいたものや、メッセージらしきものがいつもより強く提示されているように感じました。特に、エリとの再会においては、直接的な言葉でそれらが表現されていて。つくるは、鍵をかけていた過去を箱から取り出すことができ、もちろんやり直しはできないけれど、前へ進む力を得る。それはすべてのことに通じる。時間は前にしか進まず、失ったものは取り戻せない。もうひとつ。すべての人は、色彩を持つ。誰もがなにかしら意味のあるものをつくることができる。名前は記号に過ぎず、誰しもが必ずや誰かに必要とされている。自分がどう思っていようとも、きっと。今までこんなにストレートな、そしてポジティブなメッセージを言葉にした作品はあったっけ? なかったように思うのだけど。

そのまま美しく終わってもいいんだけど、振り返ってみると、いろいろな伏線は謎のままだし、ある種の象徴であり暗喩であったできごとは、答えを与えられていないわけで、やっぱり色んな人が色んな読み方をしてそのあたりをとらえているようだ。主にネットで見聞きしたところでは、この16年という時間は1995年の地下鉄サリン事件から2011年の震災までの期間と同じだというし、ユズをレイプし殺したのはつくるの父親だと読み解く人もいた(考えもしなかった!)。そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。灰田の父が語った死のトークンの話だってどうとらえるべきか、いまいちわからない(さすがにユズが跳躍したわけじゃないよね)。そういう多層性がたくさんあるから、これは読めば読むほどいろんな解釈ができるんだろう。

というのを踏まえてメタファーに対して自分なりに考えたことは、まずは完璧なコミュニティなんてものは存在しないということ。期待すらすべきではない。原発の安全神話も重なるけど、同じままでいられるものはなくて、すべてが移ろいゆくものであり、それを受け入れなくてはいけない。その中でみんな闇や孤独を抱えながら生きている。間違いも犯すし、嘘もつく。けどその事実はいくら深く沈めても、歴史を書き換えることはできない。誰しもに役割があり、使命があり、目には見えない色がある。あれほど完璧に見えた(いや、つくるがそう思い込んでいただけなんだろう)5人にさえ、知らない心のうちが山ほどあった。駅は、出発点であり、終着点でもある。あらゆる人がやってきて、そしてまた通り過ぎて行く。それも完璧ではない。すべての人にすべての人の物語と人生がある。村上春樹もまた年を取る。同じままではいられないから、書くものも変わる。それを好もしく思うかどうかにかかわらず。

僕は村上春樹は本当に日本語が上手だと思っているんだけど、やっぱりそう思わない人もたくさんいるんですね(アンチの方は特に)。主人公のキャラクターにリアリティがないとかいうレビューも見たけど、孤独の質や、会話の言葉遣いなんてのは大した問題じゃないと思う。そりゃあ、あんな言葉づかいをする人が実際に目の前にいたら、大分うんざりしてしまうでしょうよ。それはあくまで小説的形式の問題であって、大事なのは本質的な部分での感情や、世界の在り様という面でのリアリティで、それはいつだって抜群にあると思うんだよな。

なんだか言いたいことがロクにまとまらず、まともなレビューにもなってないんだけど、とにかくそんな色々があちこちに降りてくる村上作品。もう少ししたらまたページをめくって、もっとひとつひとつの言葉や物語に深く入り込もう。そのとき何を思うのか楽しみだな。そして、村上春樹と同時代に生きられる幸せをかみしめるんだもん。ああ、豊かな時間をありがとうございます、村上さん!(先生って感じじゃなっくて、「村上さん」だよね、なんでだろ)

by april_hoop | 2013-06-15 00:00 | 出版


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