2011年 01月 02日
世界は後戻りできないのね。カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』読了。キャシーは介護人を務める女性。その仕事は、手術前後の患者たちのケアをするというもの。彼女はこれまでの人生を振り返る。ヘールシャムで育った少女時代。そこを出た後に写ったコテージ。そして今。一緒に育ったルースとトミーはもういない。彼女たちの誕生と使命には、ある秘密があった。 わたしを離さないで:ハヤカワ・オンライン カズオ・イシグロさんは長崎生まれ英国育ちの作家さん。名前は聞いたことあったけど著作を読むのは初めて。いやー不思議な小説でした。実はこれを読むきっかけは映画化で、映画だけではよく理解できなかったところを補完したいという欲求から。 キャシーの視点から、ヘールシャム時代、コテージ時代、そして介護人時代の3つに別れて語られる。読者には情報がいまいち与えられない。介護人てなに? ヘールシャムの学校ってなんか変な感じ? その答えはほとんど最後まで明らかにされない。途中から少しずつ現れるヒントで、おぼろげな輪郭をつかむのがやっと。でも完全にキャシーの主観からだし、キャシー自身も普通ではない自分たちのことをあまり理解していないものだからこちらにもよくわからないの。さらに、ルースとトミーのキャラクターも、もう少しつかみ所がないんだわ。いいやつなのか、そうでもないのか。キャシーのことを一体どう思っているのか。まあすべては過ぎ去ったことってことか。 ネタバレは避けるけど、この作品の基本設定はとあるSF。ネタ自体は目新しいでもないけど、ここでの扱われ方はかなり特殊。でも、それはこの小説の核心ではなかった。答えはやっぱりすべてが明らかにされるエミリ先生とマダムによるクライマックスの語りにありました。それは、人間は一度進んでしまったら後には戻れないということ。新しい技術が生まれたら後にはもう戻れない。たとえそれが間違いだと気づいたとしても。もう携帯電話のない時代には戻れないし、パソコンがない世界も存在し得ない。でもその裏には日陰にいることを余儀なくされる誰か(か何か)があるということ。このタイトルの意味も、暗喩ではあるけどしっかり言及されてすっきりしましたわ。 これは、別に進歩や変化の是非を問うているわけでもなければ、マイノリティを擁護しようという向きもないように思う。あくまで、そういう存在があるかもしれないよ、ということに目を向けさせようとしているように思う。倫理観や、社会や組織といったものに関するテーゼも含まれてはいると思うけど。それにしても訳者の個性もあるかもしれないけど、独特の文章と抑制された表現に徹していたなぁ。それでいてキャシーの一人称で客観性には乏しいという不思議なバランス感。ん〜味わい深い。 小説だからこそより深くわかったところもあるけど、基本的に映画は映画で小説にかなり忠実に描かれてたという結論。お互いがお互いをうまく補完してるように思います。
by april_hoop
| 2011-01-02 00:00
| 出版
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ツナガール。1min.で読めるがルール。管理人エイプリル(1977年生まれ)の日々雑感エトセトラがどこかで誰かと何かをコネクトしてユナイトすることを願いつつ、であーる。 by april_hoop information
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