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2010年 06月 10日
感想_どこから行っても遠い町
感想_どこから行っても遠い町_c0160283_829328.jpg完璧に好きなタイプ。川上弘美『どこから行っても遠い町』読了。魚屋に通う予備校講師、父親に向いていない父親を持つ高校生、恋人を刺した女子大生、平凡な主婦と"難しい"姑…。ゆるやかにつながる人々の世界に共通する"いろいろ"。東京の、商店街文化の残る町にゆかりある人々を描いた連作短編集。
川上弘美『どこから行っても遠い町』|新潮社

『新参者』に近いと言えばわかりいいですかね、ひとつの町を舞台に行き交う人々をつないだ連作短編。でもあれほど明確に縦軸と横軸が展開しているわけではなく、こちらは直接はつながっていないエピソードを重ねながら、でもひとつのテーマと思しきものを浮かび上がらせて行く方式。女性作家らしい細やかな描写は、かといって変に感傷的でも狭苦しい感じでもなく、媚びてもなければ甘さもなく、ほどよく俯瞰できていてすごく読みやすかったぜ。川上さんは、なんかの本の解説がまったく趣味が合わず、勝手に敬遠してたんだけど、とてもボクの好みな作家さんなのかも。

浮き上がってくるのは、時間の経過と、それに伴って変化する人たちのこと。成長と言っていいのかどうかはわからないけど、人々は歳を重ねるたびにいろんなことに気付いていき、その分いろんなことに気付かなくなる。短いエピソードの中で、その小さな変容の瞬間を描いている。いつの間にか雨の写真を撮らなくなったり、自分がいろんなことを決定していることを自覚したり、父親と似ている自分を認めたり。それは特別喜ばしいことでもないかもしれないけど、失った青春のような望郷をともなうもんでもなくって、痛みと切なさは同居するものの、ほのかに心地いい。多分誰もが知っている感情だからなんだろう。そっと寄り添って肯定してくれるような(というか、それは仕方のないこととして許容してくれるといったほうが近いか)安心感があるのです。

それは、過去という、どこから行っても遠い町ができていくということ。そこにあることは知っているけれど、段々と遠ざかる町。男と女という、隣にあるようでいつまでもたどりつけない遠い町(この性差は強烈に意識している気がするよ)。亡くなってしまったあの人が住む、いつか自分も訪れるであろう町。

すらすらと読めて、さらさらと染み込むとある町の物語。短くてもきちんとした背景が描かれてるから、どの人も生きていて、町の情景が浮かぶわ。おすすめの一冊です。川上さんの作品、もっと読みたいな。

by april_hoop | 2010-06-10 00:00 | 出版


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