2013年 08月 28日
ファンには染みる物語。木皿泉『昨夜のカレー、明日のパン』読了。25歳にしてこの世を去ってしまった一樹。家に遺されたのは、結婚してまだ2年だったテツコと、ギフ(義父)こと一樹の父。哀しみは消えないけれど、それでも笑ったり、幸せだって思うことはできるんだ。人気脚本家・木皿泉の初めての小説。 木皿泉応援団特設サイト | 河出書房新社 あの木皿さんが小説を書いたっていうじゃないか。21世紀の泣かせ屋だけに、どれほどの物語だろうと楽しみに手に取った一冊です。ひとことで感想を言うと、とても木皿さんらしいなぁ、というもの。だけどこれは、木皿さんの世界観を知っていないと、深く物語に入るのは難しいんじゃないでしょうか。なんか、小説と脚本てやっぱり違うんだなと思いました。小説にしては人物描写が足りない。これが映像だったらいいんです。役者がそこにいるだけで周辺の物語がある程度立ち上がるから。同じ台詞を言うとしても、表情や背景で語ることができる。でも小説はそれがない。言葉ですべてを作り上げなくてはいけないと考えたとき、ちょっと足りないなと思いました。でも、木皿作品を知っている人はそれとリンクする世界観だから勝手に脳内で補完できるんですよね。木皿さんの描いた人物らしさは満点だから、どんな顔を浮かべるにしても優しさで周りをくるめちゃうんだよね。 木皿さんは、死を強く意識している作り手さんなんだな、と僕はこの本で認識しました。そして、その恐怖を乗り越えるために言葉を探している人なんだと。いつかは消えてなくなってしまう人生だから、その中でどれだけの瞬間を心に沈めておけるか。どうやってこのささやかな日々を刻んでいくのか。それを助けてくれているのが言葉なんだと思います。そして、木皿さんを救う言葉が、結果的に僕たちを救っているんだと思います。僕もまさに、同じことがしたい。どうせ儚い命ではあるけれど、だからこそせめて美しいものをたくさん見つけていたい。じゃないと苦しい。そしてその美しいものに、言葉を使って僕なりの色と形を与えたい。 っておよそ本の趣旨から離れすぎてしまいました。小説は連作短編の形を取っています。時系列はバラバラに、一樹の死を中心に、その周辺の人々のワンシーンを描いています。隣に住むムムム。テツコの今の恋人。一樹の従弟。もっと前に亡くなってしまった一樹の母。その中で死は避けようのないものとして、みんなそれぞれの日常の中で乗り越えていきます。方法は人それぞれ。思い出を大切にすること。忘れないと誓うこと。新しい一歩を踏み出すこと。世界はそれの繰り返し。いいことも、悪いこともたくさんあって、だったらいいことを一つでも多く憶えておけばきっと哀しくても笑えるはずなんだと。そこに足をからめとられて、いつまでも止まっていてはいけないんだと。優しく、決して押し付けることなく背中を押すのが木皿流。やっぱりこの家族はファンタジーだと思うけど、でもそこにある感情はリアルだし、普遍性をもっているんだよね。そして、どの章もみんなが一歩踏み出していく。いつのまにか読者も一歩前に出ようって思っている。 タイトルは、最後にちらりと出てくるけど、これはやっぱり今を生きることのメタファーなんだと思う。昨夜と明朝の間の夜深く、新しい1日が始まる頃。カレーは今夜から昨夜になり、パンは明日から今日になる。そこに意味はなくともそれが繰り返されていくということ。そのつなぎ目が日々を作り、ひいては人生を形成して行くということ。連綿と続く日々の中、言葉について、死について、大切な人について、少し立ち止まって考えてみるような、そんな物語でした。惜しむらくはやはりキャラの描き込みが足りなかったことじゃないかと。テツコとギフは雰囲気はあるけど、もう少し人となりを教えてほしかった。特にテツコはいい感じなんだけど、情報が足りなすぎるー。気になるのは映像化があるかどうか。テツコは吉高由里子の一択で。ギフはなんとなく松尾スズキが浮かんじゃうけど、ちょっと若すぎるかしらね。一樹は瑛太、虎男は濱田岳くんて感じでお願いします。 蛇足ですが、ファンのくせして木皿さんを「キサラ」って読んでたけど「キザラ」が正しいみたいです。大変失礼しました。
by april_hoop
| 2013-08-28 00:00
| 出版
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